麗辞―令和七年

或阿呆の一生、芥川龍之介



三十四 色 彩

 三十歲の彼はいつの間か或空き地を愛してゐた。そこには唯苔の生えた上に煉瓦や瓦の缺片などが幾つも散らかつてゐるだけだつた。が、それは彼の目にはセザンヌの風景畫と變りはなかつた。


三十六 倦  怠

彼は或大學生と芒原の中を步いてゐた。

 「君たちはまだ生活欲を盛に持つてゐるだらうね?」

 「えゝ、――だつてあなたでも………」

 「ところが僕は持つてゐないんだよ。制作慾だけは持つてゐるけれども。」

 それは彼の眞情だつた。彼は實際いつの間にか生活に興味を失つてゐた。

 「制作慾もやつぱり生活慾でせう。」

 彼は何とも答へなかつた。芒原はいつか赤い穗の上にはつきりと噴火山を露し出した。彼はこの噴火山に何か羨望に近いものを感じた。しかしそれは彼自身にもなぜと云ふことはわからなかつた。………


四十二 神々の笑ひ聲

三十五歲の彼は春の日の當つた松林の中を步いてゐた。二三年前に彼自身の書いた「神々は不幸にも我々のやうに自殺出來ない」と云ふ言葉を思ひ出しながら。………